この人の『ルール』を読んだ時の衝撃は忘れられない。「戦争」という重い題材を、安易な出来合いの言葉で語るのではなく、痛いほど真正面からの問いを重ねながら丁寧に綴っていることに、同じ70年代生まれとして感銘を受けた。
この『接近』で3作目となる“戦争もの”だが、端正な筆致は変わっておらず、内容構成も練られている。ただ、白沢の突然の態度の変化に十分な理由が示されていないなど、人物描写が淡白で、(前作などと比べて)やや物足りなさを感じた。個人的には、この白沢の変貌ぶりに「軍=悪」という公式が前提として隠されているようで、そのような前提が主人公の思惟が進むにつれ覆されるのを古処作品の醍醐味として受け取っている側としては、もっと書き込んでほしかったという思いがある。尤もこの本の力点はタイトル通り、本来出会うはずのなかった者たちの「接近」にあるのだから、それは本筋からは外れた感想なのだろう。
以上の理由から、佳作とは思うものの3作中での私的順位は『ルール』→『分岐点』→本作『接近』。そろそろまた野上・朝霞ものを読みたい。 接近 (新潮文庫) 関連情報
航空自衛隊レーダー基地の隊長室の電話機に盗聴器がしかけられていたため、防衛部調査班から幹部が派遣されてくることになった。
犯人は?そしてその目的は?
防衛部調査班の朝香二尉のサポートをすることになった、監視隊の野上三曹の語りで描かれています。
野上三曹は22歳で入隊4年目。
レーダー基地内の習慣や仕事についてはあたりまえのこととしてさりげなく説明されますが、盗聴器の事件の捜査をする朝香二尉の行動の不思議な点などについては、読むこちら側と同じに「変なことをする」という視点から見ているので
とても読みやすく計算された筋立てになっています。
識別不明機(アンノウン)を発見した際のオペレーションルームの緊張感が見事に描写されていて興味深いものになっています。
謎を解き明かしていく過程に無理がまったくなく、また犯人の動機やその後の処理なども納得がいく筋立てになっていてとても面白かったです。
なにより、野上三曹の成長が清清しいので読後感がよい面白い本でした。
アンノウン (文春文庫) 関連情報
東海地震で倒壊したマンションの地下室に閉じ込められた高校生と担任教師が、事故か他殺かわからないクラスメイトの死に遭遇する。人間の心理、というより個々人の心理を巧みに描き、それがトリックや他の謎の解決に大きく繋がっていく。現在の世の中では裁かれずにのさばる悪や、保身に走り真実を有耶無耶にする不道徳に対する著者の怒りが、鋭い文体で描かれているように感じ、他の作品にも触れてみたいと思った。 少年たちの密室 (講談社ノベルス) 関連情報
南西諸島の孤島の空自の通信基地。僻地のため司令自ら地域住民との交流を重視し良好な関係を保っていた。そこでおこった小銃消失事件。調査部のコンビが送り込まれる。事件は外敵にさらされても法規制により何もできないことに不満を感じた若手が問題提議のためにあえて起こしたものだが、自衛隊自体のアイデンティティの矛盾がその根源にある。サイドストーリーとして在日韓国人と旧軍、自衛隊の関係も語られる。エンタメとして一定レベルの上に、重いテーマに挑んだ意欲作。Bの上。
アンフィニッシュト (文春文庫) 関連情報
感情をこめず、淡々と綴られる人間描写。だからこそ、それぞれの読者の、それぞれの部分にふれる、圧倒的なリアルがあります。
これが、小説。
他人の作品をつなぎ合わせて、反吐が出るような陳腐な駄文を世に出した、どこかの百だかゼロだかいう恥知らずに読ませたい。
中尉 関連情報